3. 特集講座
3.1. 基盤ソフトウェア学講座
3.1.1. 講座およびプロジェクト概要
基盤ソフトウェア学講座は,コンピュータを効率よく制御し、使いやすい利用環境を提供するための基本的なソフトウェアであるオペレーティングシステム(OS)を中心とした教育と研究を行なうのが本講座である。オペレーティングシステムは基本ソフト ウェアとも呼ばれるように、コンピュータを核とした情報システムあるいは情報環境を構築するための基盤となるものであるが、情報システムを有用で使いやすいものにするためには、その高性能化はもちろんのこと、ユーザインタフェースや高度な応用ソフトウェアの領域までも扱う必要があり、この研究講座では基盤 のみならず幅広い領域にも焦点を当てている。 研究室におけるさまざまな研究活動に共通する目標は「使いやすく、安全で性能のよい情報システムの実現とその高度な応用」である。この目標を達成するため、以下のような研究を行なっている。 (1) ユビキタスコンピューティングに関する研究 携帯、埋め込みなどのユビキタス情報機器を、オープンなネットワーク環境で利用するソフトウェア基盤の研究開発 (2) 情報システムの高性能化に関する研究 大量データの処理や高速計算を実現する、並列トランザクション処理や耐故障並列ソフトウェアなどの並列処理に関する研究 (3) センサネットワークに関する研究 過酷な自然環境下で安全に動作し利用できるセンサネットワークの構築とセンサネットワークプロトコルの開発 (4) 人に優しいユーザインタフェースに関する研究 多様な利用形態や思考の特徴に適応するユーザインタフェースの設計と評価に関する研究 |
3.1.2 .エリアメールの津波警報への適用に関する調査研究
本研究の目的は、岩手県沿岸自治体(宮古市)と協力し、津波警報の現状把握と実現性の検討を、平成20年度に実施した。これを踏まえ、漁業従事者向け津波防災試作システムによる実験評価を実施することにより、システム実現性等の評価を行う。実現機能の目標として以下のような項目について検証を重ねながら開発・評価を行う。 ・漁業船舶の携帯端末へ津波情報を配信すると共に、携帯端末のGPS機能を用いて漁業従事者の位置を把握し、中央監視センターと相互に連携することにより、避難活動を支援すること ・中央監視センターに設置した、地図情報端末、漁業従事者DBを活用し避難誘導が行えること ・沿岸海域での携帯端末の利用が有効性を確認すること 図1エリアメールの津波災害対策に関する概念図
本研究では、沿岸自治体の宮古市と協力関係を結び、危機管理課と共にエリアメールを津波警報に適用することについて、県や自治体における津波避難計画や地域防災計画などに沿った実現性について検討を進めた。また、携帯端末を用いた津波警報に対する実現性調査を行った。結果、沿岸海域で操業する漁業従事者向け津波防災システム構築を目標に津波警報の実現に向けた課題の抽出・要件分析を行い試作システム設計に着手した。 試作システムでは、おのおのの漁業従事者が、ソフトウェアのインストールなどの事前準備を行わずに津波情報などの災害情報を受け取れるエリアメール連携アプリケーションとおのおのの漁業従事者が宮古湾のなかでどの方向に避難すればよいか指示を与える中央サーバの試作を行った。 図2 漁業従事者が利用するエリアメール連携アプリケーション
図3 中央サーバ
今後は、地域自治体や関連機関(特に漁業共同組合)の協力を得ながら実証実験・評価を実施する。また、評価結果を踏まえ製品パッケージ開発による事業化に関する見通しを得る。 (1)漁業従事者向け津波防災システムの開発・評価・改善 試作システムによる実証実験評価を実施することにより、実現性等の評価を行う。 ・エリアメールの連携アプリ機能、中央監視センター機能の試作システム開発 ・NTTドコモによるアプリケーション審査・登録(iアプリDXを用いた開発による) ・宮古市漁協の協力による実証実験・評価・改善 (2)エリアメールの津波防災への利用拡大に向けた機能の研究開発 防災情報源からの情報を、エリアメールインタフェースを用いてNTTドコモ同報通信システムに自動送信する津波警報送信自動化システムおよびエリアメールのアプリ連携機能を活用した外国・観光客向けの多言語警報配信システムについて研究開発を行う。 (3)ICSとの協力による製品パッケージ開発計画の立案 漁業従事者を主な対象とした、沿岸海域での携帯端末利用の推進が、農水省や海上保安庁で行われており、それらと連携した製品パッケージ開発の可能性を検討する。 .
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3.1.3. 過酷な自然環境下で安全に動作するセンサネットワークの構築
本研究では、過酷な気象環境下でも動作し、利用者が安全に利用できるセンサネットワークを構築する技術開発したことである。具体的には、(1)厳しい環境でも動作するセンサネットワークの設計手法の開発(2)発電量と消費電力を考慮したプロセススケジューリング手法の開発(3)安全に利用できるセンサネットワークプロトコルによる信頼性の向上(4)実証実験による、現実社会への適用である。この技術で、厳しい自然環境下での情報の収集が行えると考えられる。 本研究の目的は、過酷な気象環境下でも動作し、利用者が安全に利用できるセンサネットワークを構築することである。 従来のセンサネットワークの研究は、利用環境が安定していることを前提にしている。また、電源の取得が容易に行えるか若しくは電池の交換が容易に行えることを前提にしていた。本研究は、屋外で気象条件が厳しいところでの動作を前提に設計を行うために、あらゆる屋外での利用が可能になると考えられる。従来研究では容量が大きい2次電池の利用を前提にし、システムの安定化を行っていたが、本研究では電源取得方法、電源管理手法を新たに構築するため、センサネットワークノードを従来の物より小型にできる可能性があり、あらゆる場所での利用が可能になる。 一方、センサネットワークを安全に動作させるための研究分野が存在する。既存の研究は、ネットワークプロトコルの暗号化等が行われている。本研究は、ネットワークセキュリティプロトコルの従来研究の成果を活用し、それぞれのノードの監視手法の開発、途中のノードが故障した場合の対処等、センサネットワーク全体の動作の安全性に着目する点が新しい。 研究成果は以下の通りである。
(1)過酷な気象環境でも動作する専用ハードウェアの制作
過酷な環境で動作させるために、(1)センサを設置する専用のケースの制作(2)太陽電池、風力発電を利用したハイブリッド発電システムを製作した。 IPX7相当で動作するケースを制作した場合、センサノードの単価に対して非常に高価なケースが必要に成る。そこで、本研究では、必要最小限の耐久性でかまわないと考え、通常ホームセンターで売られているガーデンライトを改造して作成した(図4)。ガーデンライトは、全国どこでも安価で手に入り、小型のため、ただしく地面に打ち込めば周りの影響を受けにくい。また、重量が非常に軽いために可搬性に優れ、山の中に設置する場合設置するのに適していると考えた。問題は、極低温でも正しく動作するかどうかであり、この点を実証実験で確認した。
図4 試作センサノード
また、太陽電池、風力発電のハイブリッド発電システムを開発した。これは、野外の環境では、当然のことながら電源はひかれておらず、なおかつ従来のセンサネットワークとは異なり、電池の交換が非常に困難であるからである。また、従来よく利用されている、太陽電池だけのセンサノードであれば、森の中に入れば、屋外が晴天時であったとしても、森の中では十分に発電しないことが考えられる。そこで、本研究では、屋外で容易に発電が可能である、太陽電池と風力発電のハイブリッド型を用いることにした、 市販されているハイブリッド型の太陽電池、風力発電は非常に高価なため、市販の安価のモジュールを利用し、オリジナルの充電回路、制御回路を設計し制作した。この回路を利用することで、(1)晴天時昼間は、太陽電池によって消費電力分の発電が可能であり(2)風が2m/sec以上吹いている場合には風力発電が可能であることが分かった。なおかつ、ハイブリッドにすることで、地形における発電効率の問題に対して一定の目処を立てることが可能になった。
(2)電力管理手法の開発 本研究では、ハイブリッド発電モジュールと2次電池を組み合わせて活用し、なおかつ、発電状態と2次電池の充電量をモニタリングしながら、システムのDuty Cycleを可変させていくシステムを提案した。 今回利用するセンサネットワークは、 TinyOS によって制御されている。TinyOSとは、従来のPCとは異なり非常にリソースが限られているセンサネットワークを稼働させるためのオペレーティングシステムである。 TinyOSでは、機能毎にモジュールと呼ばれる部品群が提供され、ユーザがアプリケーションプログラムを書く場合には、 このモジュールをアルゴリズムに従い組み合わせ実装する。 一般に、ユーザがアプリケーションプログラムを書くとき、時間を制御するTimerコンポーネント(モジュールを組み合わせてある一つの機能をもったもの)を利用する。 Timerコンポーネントは、あらかじめ指定された間隔毎に、イベントを発生させ、別のコンポーネントを起動する。本プログラムでは、サンプリング間隔を定義しておき(SAMPLING_FREQUENCY) 、実行時にそのサンプリング間隔毎に、Timer.firedが呼び出され、センサからデータが読み出される。 つまり、Timerコンポーネントを制御するコンポーネントを作成すれば、動的にスケジュールを生成することが可能になる。 よって、動的にスケジューリングを変更するには、 (a)一定間隔α秒毎に、電池電圧を読み取る。 (b)すべてのTimerコンポーネントを一時停止 (c)Timerコンポーネントの時間間隔を電池電圧に従い再設定 (d)Timer再スタート で実装を行った。
(3) 実証実験による評価
本システムは、crossbow社製のmicaZおよびIRIS で実装した。 過酷な環境下での動作であるが、外気温が氷点下以下になったとしても、機械の熱によってケースの中は、一定以上の温度が確保出来ることがわかった(図5)。これは、昼間にセンサノードの発熱で蓄熱されるために、夜から朝にかけて外気温が下がったとしてもその分を昼間の蓄熱で保証するかである。
図5 最高気温5.6℃最低気温-4.9℃の時のセンサノード内の気温 また、ハイブリッド発電ノードも正しく動作することを確認した(図6)。
図6 風力発電および太陽発電の起電力
このシステムは、従来のセンサネットワーク拡張として実装しているので、従来のセンサネットワークのセンシングシステムはそのまま利用可能である。 本研究では、野外における得られた温度分布をリアルタイムで3次元表示が可能になるシステムを構築した(図7)。 図5 センサ情報の3次元可視化
また、本システムのアプリケーションとして、野外活動における生体情報のモニタリングをとりあげ、本システムのために小型脈波センサーを利用し、20秒に1回脈拍を送信し、利用者の状況を確認するシステムを構築した。
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3.1.4. 業績一覧
①浅川 和久,高橋 孝輔,瀬川 典久,澤本 潤, センサネットワークを利用した生体情報伝送システムの構築, 電子情報通信学会技術研究報告, 査読無, Vol.108, No462,OIS,2009,49-54
②高橋孝輔・浅川和久・瀬川典久・澤本 潤, 過酷な環境で動作するセンサノードの稼動状態に関する調査, 電子情報通信学会技術研究報告, 査読無, Vol.108, No462,OIS,2009, 37-42
③瀬川典久, 坂本尚久, 小山田耕二、CAVE を利用したセンサネットワークのリアルタイム可視化システムの構築, 電子情報通信学会技術研究報告, 査読無, Vol.108, No.252,USN,2008,7-12
① 瀬川典久・高橋孝輔・浅川和久・澤本 潤, センサーネットワークにおける電力コントロールの考察, 電子情報通信学会OIS研究会, 2009年3月5日, 沖縄
②Huang Xuping, Kawashima Ryota, Segawa Norihisa , Abe Yoshihiko, Design and implementation of real-time acoustic steganography, 2008 IEEE International Conference on Multimedia and Expo, (ICME 2008), 2008年6月25日,ハノーファー
③Norihisa Segawa, Daiki Ito, Yoshihiko Abe, Jun Sawamoto, The proposal of the dynamic scheduling in the sensor network according to a production of electricity, IEEE INNS2008 , 2008年6月18日, 金沢
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